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福岡地方裁判所 昭和40年(ワ)353号 判決 1969年3月27日

原告 堤キヨ

<ほか三名>

右原告ら四名訴訟代理人弁護士 山本郁夫

江口繁

被告 九州電力株式会社

右代表者代表取締役 赤羽善治

右訴訟代理人弁護士 和智昂

右訴訟復代理人弁護士 武井正雄

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、本件事故の発生

訴外亡堤秀雄が昭和三九年七月一八日午前八時一〇分頃、佐賀市呉服町二五番地株式会社佐賀玉屋デパートの自家用電気室内において感電ショックのため死亡したことは当事者間に争いがない。

第二、被告会社の被用者の過失行為

一、被用者の行為

本件事故発生当時は未だ予告された停電予定時間内であったが、予定を繰り上げて送電が再開されていたこと、および右繰り上げ送電実施の担当者が被告会社佐賀営業所技術課工事係長であった訴外井上実であることは当事者間に争いがない。

二、繰り上げ送電の具体的状況

本件事故当日は午前七時から同九時まで二時間の予定で停電予告がなされていたことおよび前記繰り上げ送電が予告なしに実施されたことは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、右繰り上げ送電を開始した時刻は予定時刻より五〇分早い同日午前八時一〇分頃であったことが認められる。

三、送電予告の要否

そこで本件のように予定された停電時間を約五〇分繰り上げて送電を再開する場合、その業務を担当する被告会社の被用者には業務上当然の注意義務として事前にその旨の通知をすることが要求されていると解すべきか否かにつき検討する。

(一)  (常時送電の建前)

先ず電力供給事業の本質という点から考えると、いうまでもなく電気は今日の社会生活に必要不可欠の存在であり、電力の供給はこのような公益的性格から常時送電すなわち二四時間送電を建前とするものであることは当然である。従って停電という事態は電気工事等の必要に基づくやむを得ない例外的なものというべく、その結果需用者に多大の迷惑を及ぼすものであるから、停電時間は出来得る限りこれを短縮し、一刻も早く通電の状態に復することが要請されているというべきである。このことは成立に争いのない甲第一〇号証(昭和三六年五月一六日付通産省公益事業局長の被告会社宛「電気供給規程の運用について」と題する書面)および証人青木俊郎の証言によれば、従来停電時間中の繰り上げ送電については監督官庁ではこれを行わせないような行政指導は全くしておらず、反って停電時間中も出来るだけ早く送電を再開するよう積極的に指導していた事実が認められることからも明らかである。

そうすると停電時間内といえどもその必要がやめば直ちに送電を開始すべきことが電力供給事業の性格からは当然に要求されているのであって、この場合に送電の予告をなすことはそのために相当の時間を要する結果となるので、この点よりすれば送電の予告は反って前記の要請に副わないものというべきである。停電の予告の場合と異り、送電の予告について法規がこれを要求していない理由の主たるものはこの点にあると解される。

(二)  (予告の必要性)

原告らは予告された停電時間内は送電がないものと考えるのが一般の常識であり、殊に本件のように大幅な繰り上げ送電は需用家にとって全く予想し得ない事態であるから危険防止のため送電の予告をすべきであると主張する。

そして≪証拠省略≫によれば、現在日刊新聞紙上に掲載されている停電予告の記事には、停電予定時間として何時から何時まで停電する旨の表現が用いられていて、一見その間は送電がないものとの趣旨に受取れること、昭和四三年二月七日にも東京都葛飾区内西友ストアーにおいて本件事故と同様約二時間の繰り上げ送電に伴い変電室を掃除していた電気主任が感電死する事故が発生していること、本件事故当時被害者と共に掃除していた同僚の石田英は停電時間中送電がないものと考えており、少くとも本件のような大幅な繰り上げ送電は予想し得なかったことおよび本件事故後一般需用者に対する停電予告の際には作業が早く終了した場合は予定を繰り上げて送電することがある旨併せて周知させるよう監督官庁において指導し且つ実行されていることが認められ、また予告される停電予定時間が必要最小限の時間であって出来るだけ正確であることが望ましいことは原告ら主張のとおりである。

然しながら、停電時間を予告する主たる目的は、停電実施時間を周知させることによって工場、病院、商店その他の需用者にこれに対処し得る時間的余裕を与えるところにあると解される(このことは証人弥富正男の証言からも窺われ得る)従って予告の重点は停電開始時刻の周知にあり、前述のような電力供給事業の公益的性格を考え併せると停電終了時刻は飽くまで予定に過ぎない性質のものであると解され、そして世間一般においても、原告ら主張のように停電時間内は送電がないものとして受取っているとは必ずしも認め難い。

証人井上実の証言によれば、作業による停電予定時間は万一作業が予定時間内に終了しなかった場合の需用者の迷惑を考慮し或る程度余裕を見込んで定めるため一〇分ないし一五分程度の繰り上げ送電はむしろ普通であることが窺われ、証人石田英の証言によっても一〇分か一五分程度の繰り上げ送電はあり得るものと考えていたことが認められる。このように一〇分ないし一五分程度の繰り上げ送電がしばしばあり得ることは我々の日常の経験からも窺い得るところであるのみならず、≪証拠省略≫によると昭和三九年度から同四二年度までの間において九州全域にわたり三〇分以上の繰り上げ送電を実施した回数は、保存期間経過による帳簿廃棄のため不明の分を除いて五一七回、そのうち五〇分以上の場合が一六〇回に上ることが認められる。そして電気工事に要する時間が当日の作業人員、天候等の事情に左右され常に事前の予測時間と一致するものでないこともまた日常の経験によって窺い得るところであるから、これらの事実を併せ考えれば停電時間内といえども予定を繰り上げて送電される場合のあることは一般に需用者の予想し得ないところではないと考えられる。

のみならずまた、電気が危険なものであって取扱いに注意すべきことについては一般需用者において多少とも知っているものというべきであり、殊に≪証拠省略≫によると、佐賀玉屋デパートは被告会社との間に保安責任分界の定めのある自家用需用家であって、被害者堤秀雄を含め三名の電気の専門技術者を雇入れ事故の防止にあたっていたこと、電気技術者は一般に繰り上げ送電があり得ることを知っており、たとえ停電中であっても作業の際には事故防止のため防護措置を講じておくのが常識であること、および本件の如き繰り上げ送電の際の事故は従来全くなかったことが認められるから、少くとも玉屋のような自家用需用家については、被告会社の被用者としては需用者側が繰り上げ送電の事態を予想し停電中の作業の際も防護の措置を講じているものと考えるのは無理からぬことというべきである。従って事故防止のための予告の必要性という点からも、本件の場合自家用需用家である玉屋に対し送電の予告を要するものとは認め難いといわねばならない。

原告らは一〇分ないし一五分程度の繰り上げ送電ならともかく、本件のような大幅繰り上げ送電の事態は一般需用者はもとより電気の専門技術者といえども全く予想し得ないことであると主張するけれども、前認定のように三〇分以上の大幅繰り上げ送電の事例もさほど稀ではなく、また≪証拠省略≫によると、予定していた停電を当日の天候等により中止したり(この場合には送電しながら停電中止の旨を周知させることとなる)、或いは急患等による病院の要請に基づき停電を中止して送電する場合もあることが認められこれらの事実に徴すれば本件程度の大幅繰り上げ送電については全く予想し得ないものと直ちにいえるか疑問であるのみならず、繰り上げ時間の多少により予告の必要性の範囲を定めることは困難であるし、このように区別することは予告の周知徹底を欠き事故防止という点からは危険でもあると考えられる。

(三)  (予告の可能性)

原告らは停電の予告と同様な方法で送電の予告が可能であると主張する。然しながら先ず、五分や一〇分程度の極めて短時間の繰り上げ送電の場合に予告が不可能であることは明らかである。従って予告を要するのは或る程度以上の大幅な繰り上げ送電の場合に限られることとならざるを得ないが、この場合においても事故防止のための予告であるから停電の予告の場合に比し遙かに確実に周知徹底を図る必要があるのであって、≪証拠省略≫によると、送電の予告のために要する時間は殊に停電区域が広範囲な場合には相当な時間となることが窺われるので、限られた停電時間内に予告することが不可能な場合が多いと考えられ、また≪証拠省略≫によれば、繰り上げ送電が行われるのは作業が予定より早く終了した場合のみでなく、急患等の場合に病院の要請に基づいて行われることもあり、この場合には一刻を争う関係上送電の予告は不可能であることが認められる。結局大幅な繰り上げ送電の場合においても予告の不可能な場合があることは否定できず、事故防止の見地から出来るだけ多くの場合に予告を要するものとしようとすればそれだけ予告の不可能な場合が多くなる結果となるといわねばならない。

以上のような繰り上げ送電のサーヴィス的性格、予告の必要性およびその可能性の諸点を考慮すれば、そのいずれの点からも本件繰り上げ送電に際し被告会社の被用者にはその旨の予告をなすべき義務があったとは認め難い。

四、因果関係の存否

のみならず本件繰り上げ送電に際し被告会社の被用者が送電の予告をしなかったことと被害者堤秀雄の死亡との間に因果関係が存するか否かも明らかでない。すなわち証人石田英の証言によれば本件事故当時同証人は停電時間内は送電がないものと思っていたということであるが、他方≪証拠省略≫によると事故当時被害者は電気室内のジスコンスイッチ以下のスイッチを切っていることが認められる。そうすると被害者としては送電の予告がない以上は絶対に送電がないと考えていたのではなく、反って万一の場合の送電に備えて前記スイッチを切っていたとも考えられる。前掲各証拠によると当時は停電中のため電気室内は暗闇であり、被害者は懐中電燈を片手にパイプフレームの上で作業していたことが認められるから誤って被害者が電源側スイッチに触れたと考えることも可能である。従って右の事実に徴すると被害者が電源側スイッチに触れたのは送電がないと信じたためであると直ちにいえるか疑問であり、本件事故と送電予告をしなかったこととの因果関係は必ずしも明らかではないといわねばならない。

第三、以上によれば、いずれにしても本件事故は被告会社の被用者たる訴外井上実が予告なしに繰り上げ送電を実施した過失行為により発生したものであるという原告らの主張は理由がないこととなるから、従ってまた右井上の使用者である被告会社に対し右事故による損害の賠償を求める原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安東勝 裁判官 大西浅雄 上田幹夫)

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